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『足柄山の金太郎』の”Whisky” 日誌

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2005年 05月 30日 ( 1 )


2005年 05月 30日

『マイウイスキーづくり』に行った!:その2

  従業員の休憩所の一部を改装して作った更衣室でローリ卿の顔が背中にプリントされたグリーンのつなぎに着替え、研修室?へ入った。当時の北の漁師(門倉)課長さんが二日間の日程、製造の概略を説明し、ビデオを見学した。

 いよいよお楽しみの製造工程へ入る。わずか2日間の催しではあるが、実際のウイスキーを造る工程と全く同じなのである。本来ならば、約1週間くらいかかるところを2日間にコンデンスしたものである。

 まずは、キルンへ入り、発芽した大麦(モルト)を乾燥、そしてウイスキー独特の香りづけをする、薫煙の工程を見学。ピートの説明を受け、ピートの香りを嗅ぎ、さわり、ピートを理解した。
(本当は、未だに充分に理解できていない) そして、ピートを釜に入れたのを記憶している。
2階の大麦を広げてある部屋を覗いた。けぶたい。この下の写真は、その写真である。

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 で、けぶたいキルン棟を後にし、乾燥させた大麦を粉砕する機械がある部屋へ行った。これまた、今では大切だと思っている所なのだが、その当時は、単なる粉砕機くらいにしか見ていなかった。ために写真はない。その粉砕機がある脇の階段から階上へ上がった。

 糖化装置(マッシュタン)があり、ここで、このマッシュタンの中へ入っての掃除が待っていた。
参加者が、順番にマッシュタンの中へ入り、大麦のかすを掃除するのである。これが、重労働なのだ。

 この重労働が終わると、隣の建物へ移動する。醗酵タンクがたくさんある場所だ。ここで、もろみを味わう。いわば、麦のジュースである。アルコール醗酵が終了したものを「もろみ」と言います。アルコール度数、約7%前後だろうか。炭酸ガスが入っているせいか、シュワっとして、りんごのような香りがし、甘かったのを覚えている。

 蒸溜釜のある建物へ移動し、無煙炭をスコップを使い、釜へくべる作業をする。この作業は、まことに絵になるので写真を記念に撮る方は多い。

 ここまでの作業及び見学が第1日である。

 この後は、服を着替えて、ニッカ会館内のゲストルームへ入り、楽しい夕食である。適当に着座した。目の前には、ビックリ驚いた。豪華な食べ物の数々が並んでいるのである。余市は、海に近いこともあり、海の幸がふんだんにテーブルの上に所狭しと並べられていた。このようなファン行事でもこのような持成しを受けたことは、いくら有料サービスとはいえ、満足しない方は、まずいないだろうと思った。「シングルカスク余市10年」で乾杯。いくらでもお替りできた。そのうち、自己紹介タイムとなった。各地から来られた人ばかり。ウイスキーを愛する人ばかり。心地よいパーティーだった。

 二次会は、今は無きパブ「シロー」で。マスターのプロ級のサックスを聞きながら、ウイスキーをいただく。これまた心地よいものだった。

 さらに、当時の林工場長と近くの居酒屋に入る。この女将が、サッカー元日本代表の北沢選手に良く似た方でだった。その女将が、私にニックネームを付けた。当時の国連にいらした、明石さんの風貌に似たところがあったのだろうか、「明石大使」と。

 これが、当時の「マイウイスキーづくり」初日だった。

by kintokijp | 2005-05-30 20:07 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)