『足柄山の金太郎』の”Whisky” 日誌

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2005年 06月 30日

”THE MALT WHISKY FILE” に出会う

 2000年前後、『ザ・モルト・ウイスキー・ファイル』の邦訳版を購入した。これは、本屋ではないことだけは、はっきりしているが、どこで購入したか不明である。

 この本は、原書の第4版を翻訳したものである。この版で初めて日本とニュージランドのウイスキーが加わった。日本の記述は、4ページ。日本のウイスキーができる糸口について触れられている。しかも今は、無き「摂津酒造」の名前が出ていることに目を見張った。

 著者は、ジョン・レイモンドさんとロビン・トゥチェクさんである。ロビンさんは、インデペンデントボトラーのブラックアダーのオーナーである。

 この本の翻訳をされたのは、茂木さんと言う方で、日本でのバグパイプ演奏者の一人で、それも独学で習得され、もちろんウイスキーをこよなく愛されていらっしゃる方である。ウイスキーでの催しにバグパイプの演奏がある時には、必ずと言っていいほど、茂木さんが出演されていらっしゃる。

 マイケル・ジャクソンさんの「モルト・ウイスキー・コンパニオン」と構成は、類似している。蒸溜所の水源が示されている。ウイスキーの持っている「甘さ」、「ピート香」、「流通度」を数字で表している。参考になるだろう。

 なぜか、今では、流通していないと思われる「クライスデール」蒸溜所とそこのウイスキーの記述がある。多分これは、私の推測だが、著者のロビンさんは、クライスデールという名でも各種シングルモルトをボトリングされていることと何か関係がありそうだ。

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日本の記述の始めのページ
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by kintokijp | 2005-06-30 13:01 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 29日

寄り道:Michal Jackson ”WHISKY” の到着

 今日(6月29日午前中)、表記の本が到着した。早い!感心した。注文したのが、昨日(6月28日)の朝。いままでもAmazonで頼んだことが何度かあるが、こんなに早く注文してから手許へと到着するまで時間がかかっていないのは、初めてであった。約25時間だ。注文する時には、約10日間みて下さい、と言うことであったが、たまげた。

 本は、A4を少し長さ的に小さくしたものであるので、本としては、大きい部類に入るだろう。
まず、最初のページを広げると目に飛び込んできた写真が、サントリーさんの山崎蒸溜所のポットスチル群であった。日本の読者を意識されているのか、日本のウイスキーを意識されているのかどうかは、未だ判らない。副題が、”THE DEFINITIVE WORLD GUIDE”となっているから、1988年にマイケル・ジャクソンさんが出された”The World Guide To WHISKY”と言うタイトルの本があり、本の構成スタイルは、同じであるので、この本のアップツーデートされたものとみてよかろう。今回が、その最終版ということなのか。

 全体で288ページにわたる本である。まあ、とにかく写真が豊富で、それを眺めているだけでも楽しいものである。地域分類で、解説されている。スコットランド、アイルランド、カナダ、アメリカ、日本、その他の地域となっている。日本については、16ページも割かれている。
楽しみながら読んでいこうと思います。

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日本のウイスキーの部分の最初を飾ったページ:箱根の芦ノ湖付近から見た富士山(私の住まいの近く)
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日本の蒸溜所などを記した地図だが、あちこち間違っている。例えば、私が住んでいる辺りが御殿場になっているのだから。17年前に使用したものが、今回も使用されたと思われる。
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by kintokijp | 2005-06-29 14:21 | 本 及び 印刷物 | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 28日

”The Scotch”を入手した

 2000年の頃だったと思う。時期は、記憶に無い。私が住んでいる街の本屋で、それまでサントリーさんのホームページの中にあったコンテンツの一つに、「『ザ・スコッチ』バレンタイン17年物語」と言う物語の日本語訳があり、既によんでいたのであったが、その翻訳本がたまたま売っているのを見つけた。少々よれよれだった。この時既にもう版は無かったようだが、未だどこぞで売っているだろうと思っていた。インターネットで調べたら、販売していないことが判り、翌日購入した。

 改めて、読み始めた。インターネットで読むのと違ったことは、挿入してある沢山の貴重な写真があることだった。さらに沢山の物語以外の小さな読み物があったことだ。これがすごく価値があると思った。例えば、「バランタインのタータン」、「ウイスキー・ガロア」、「スコットランドとスコッチ・ウイスキーの歴史」など。

 バランタインに使われている主要モルトを製造している蒸留所の記述や、ウイスキーに欠かすこと出来ない大麦や水のこと、単にバランタインのことだけでなく、ウイスキーの歴史を通し、バランタイン17年が出来上がっていった様子が描かれているためにウイスキーについてのいろいろなことが理解できた貴重な一冊の本であった。何しろ、巻末に「ウイスキー用語辞典」が付いていたので助かった。
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「バランタイン17年」が一層おいしくいただけたことは、言うまでも無い。 
後年、この本がもう一冊手に入った。
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by kintokijp | 2005-06-28 19:29 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 27日

素晴らしい「おみやげ」

 第1回の「ウイスキーマガジン・ライブ」に参加した時、いただいてきたものに ” LAPHROAIG no half measures ” という小冊子があった。 

 これは、展示室の方の部屋の片隅に積まれてあった。一冊いただいた。

 グレアム・ノウン著、田辺希久子訳のものであった。

 目次は、次のようである。

  ・荒海のウイスキー
 
  ・ピートの島
  
  ・時が停止した島
 
  ・蒸留王国の系譜  

  ・ラフロイグのファーストレディー

  ・ラフロイグの現在
 どのようなことを経て現在のラフロイグがあるのか、ということをこの蒸留所に関わった3人の重要人物を描きながら書かれている。その3人とは、ラフロイグを世界へ広めた、創業者一族の最後の人物である イアン・ハンター 、その相続人とも言える ベッシー・ウイリアムソン 、そして、前蒸留所長の イアン・ヘンダーソン である。私は、これが書かれた時のことを考えれば、この本の趣旨に沿った人選をするのであれば、先の2人であったのだろうと推測している。本が書かれる場合は、その時の人物を入れるのが普通だろうだからである。もちろん、前所長も大変な方だと思っている。

 39枚の貴重な写真が挿入されている。 イアン・ハンター や 伝説の ベッシー・ウイリアムソン女史 の貴重な写真も挿入されている。
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(半端じゃない「ラフロイグ」 とでも訳すのであろうか)
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by kintokijp | 2005-06-27 22:05 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 25日

6月24日:仕入れ物

 
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 ラフロイグカスクストレングス10年 
アルコール濃度:57.3%
 美味いですよ

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 ニッカシングルモルト余市10年 
アルコール濃度:45%
 美味いですよ

以上2本東京に出張した際にいつも立ち寄るお店で仕入れました。
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by kintokijp | 2005-06-25 00:04 | ウイスキー | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 24日

『ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト2001』:ジャパニーズの結果

 英国の「ウイスキ-・マガジン」16号に『ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト2001』の結果が掲載された。47種類全てがテイスティングノートと合計点数が掲載された。

 ジャパニーズのフライトが、これである。全てが、高得点であった。このことは、審査員たちにとっても驚きであったようだ。

マイケル・ジャクソン氏が、「ニッカシングルカスク余市10年」にたいして次のように絶賛された。
”A terrific whisky, beautifully rounded with lots of everything."

そして、「ニッカシングルカスク余市10年」とサントリーさんの「響21年」に対して、世界中のウイスキー愛好家へこう呼びかけられた。
" If you are unfamiliar with these two whiskies it is worth seeking them out ."

 このような評価が出るまでは、「ニッカシングルカスク余市10年」は、月数本から十数本くらいしか注文がなかったが、この評価以後は、この何倍もの注文が来るようになったとのことである。さらに、遠くイギリスやアメリカから、どうやったら、この「ニッカシングルカスク余市10年」が手に入るのか、と言う問い合わせがかなりあった、とニッカさんの海外営業の方からお聞きした。多分、サントリーさんでも同様のことがあったと推測される。
 まさに、してやったり!、と言う感じである。

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 このようなこともあり、世界中で日本のウイスキーが注目を浴びるようになった。
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by kintokijp | 2005-06-24 23:30 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 23日

『ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト2001』:その2

 審査員が審査されたのと同様のスタイルで、一般の方たちもテイスティングに入った。一般と言っても、ハイレベルの方々である。その中に私のようなものも混じっていた。ジャパニーズが、二番目のテーブルであることは、直ぐに判った。ブレンデッドもどのテーブルか判った。アイランドも判った。ハイランドとスペイサイド、アイリッシュは、この当時の私には、難しかった。バーボンのテーブルや、ボーボンカスクのテーブルということまでは、なんとなく判っても、肝心のバーボンの銘柄がさっぱり判らない。

 一番前のテーブルに47本のボトルがあったので、それを手掛かりにあたりを付けて行ったのだが、いかんせんバーボンについては、全く知らないのでお手上げだった。

 短時間のうちにテイスティングし、評価するということの難しさを初めて味わった。審査員でなくて良かった、と思った。鼻も、脳みそもすごく疲れる。

 この8つのフライトとは、
1番テーブル : ブレンデッド
2番テーブル : ジャパニーズ
3番テーブル : プレミアム・バーボン
4番テーブル : カスクストレングス・バーボン
5番テーブル : アイリッシュ
6番テーブル : ハイランド
7番テーブル : スペイサイド
8番テーブル : アイランド
 

 先ほど述べたこの東京会場の他にケンタッキー会場、そして、エジンバラ会場で同様にテースティングが行われ、評価が数値化された。

 その結果、世界がびっくりしたのである。なんと、ウイスキーの歴史が浅い(と言っても約75年でしょうか)日本のウイスキーが最高の得点を取ったのである。ニッカさんの『シングルカスク余市10年』、2番目も日本のウイスキーで、サントリーさんの『響21年』であった。

 日本のウイスキーも世界の名だたるウイスキーに伍して立派なものであることを証明したのであった。この評価が、1箇所だけでのものでなく、3箇所での評価である、と言うことが非常に説得性の高いものとなっている。おそらく英米人にとっては、驚きだったに相違ない。

 この結果は、未だホームペジにある
http://www.whisk-e.co.jp/mag/botb1.html
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by kintokijp | 2005-06-23 23:19 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 21日

寄り道:シングルカスク『ハヤフネ・カリラ』

 本日、待ちに待って楽しみにしていた『カリラ』が到着した。

 奈良にある私にウイスキーの友人であるBar『ハヤフネ』のオーナーさんから譲っていただいた貴重なものである。『ハヤフネ』さんのBarの開店3周年記念の『カリラ』である。私は、このウイスキーを勝手に『ハヤフネ・カリラ』と呼ばさせていただいている。アンチルフィルターだから、旨味が凝縮されている感じで、早く飲みたい。

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どうです、この色美味しそうでしょう!
・蒸留年      1992年
・アルコール度数 58.3%
・アンチルフィルター
・ノンカラーリング
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by kintokijp | 2005-06-21 22:24 | ウイスキー | Trackback | Comments(1)
2005年 06月 20日

『ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト2001』:その1

 明けて、2001年2月10日ウイスキーのNo.1を選定するための初めての『ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト2001』が東京の東京キャピタルクラブで朝から開催された。もっとも、この東京会場の他、エジンバラとケンタッキーでも別の日に開催された。3会場での得点で初のNo.1ウイスキーが決まるのだ。この催しは、英国のウイスキーマガジン社の主催である。

 東京会場では、この時審査員(パネラー)が14人。ブレンダーソムリエ、バーテンダーなど、錚々たる方ばかりだ。もちろん、私の知人も多数いらっしゃった。審査終了後、一般に開放された。私も、解放された一般に混じっていた。もっとも、審査終了前に隣の部屋に待機していたのだが。午後審査が終わり、審査員の方たちと顔を会わせ「お疲れさまでした」とねぎらいの言葉をかけた。みなさん、一様に疲れた顔をされていた。

 一般に開放されたのであるが、審査と同じように8つのフライトが用意されていた。47種類のウイスキーが500CCのサンプルボトルに入っている。私たち一般に開放された者には、ヒントがあった。それは、別のテーブルに47本のラベルが貼ってあるウイスキーがあった。つまり、このようなウイスキーが出ているのですよ、ということであった。
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by kintokijp | 2005-06-20 22:43 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)
2005年 06月 19日

原稿が採用され、『ザ・ニッカウイスキー34年』が手に入った!

 話は、少し遡る。1999年11月。自分の書いた原稿が、ニッカさんに採用された話をしてみたい。

 11月だったか、ニッカさんが来年は、2000年であるのだが、その先は、21世紀であるから、来る21世紀を迎えるにあたり、社の内外から「21世紀のニッカ」についてどうあるべきかと言う声を広く集めそれを今後の活動のためのインプット情報にしようとの企画をされたのであろう。そのようなことで、私たちエンドユーザーにもその機会は、与えられた。インターネットで「お客様の望む『21世紀のニッカ』」というテーマの方向で原稿の募集が呼びかけられた。私も、何度か推敲し、応募させていただいた。

 結論から言うと、幸運なことに私も、採用され、ニッカさんの社内報の「鶴声」の2000年ウインター号に掲載していただいた。私の他に2名の方の文が掲載された。

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 この掲載に当たっては、事前連絡はなかった。突然であった。突然の喜びであった。

 2000年1月中旬の晩、帰宅すると、
妻から「また、ウイスキーを買ったの?ニッカから来てるよ」、と。
私、「いいや、ウイスキーは、注文していないよ?」と。
そこで、包みを開けてみたら、「おっ!」、中から、ウイスキーらしきものと、ニッカさんの社内報、そして、添え書きがあり、添え書きを読んだところ、私も懸賞論文に採用された、と言うことが判った。で、ウイスキーらしいものの包みを開けたら、たまげた!当時の最長熟成年数のブレンデッドウイスキーの『ザ・ニッカウヰスキー34年』であったからである。欲しくてもなかなか買えるようなものではない。なにしろ¥60000(消費税別途)もする高価なものであったからだ。話が逸れるが、このウイスキーの延長にあるものが、現在の『竹鶴35年』である。
この『ザ・ニッカウヰスキー34年』は、その後、無くなってしまったので、未だに手を付ける勇気がなく封を切らないまま手許にある。いつかは、『竹鶴35年』と一緒に飲んでみたいと思っている。

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 掲載していただいたものの内容であるが、日本の国土で育まれたウイスキーを世界へ発信して欲しいと、また「日本人の持っている繊細な嗅覚と味覚によって造られたウイスキーは、必ずや本場イギリスで理解してもらえるのではなかろうか。」と述べ、「これからの21世紀のニッカが世界に向けて主張することこそが、我々ニッカファンの望んでいることではなかろうかと思う。」と
結んだ。

 今から思うと、ウイスキーの世界を知り始めた者が、かなり思い切った叱咤激励のような書き方で、冷や汗をかくような感じもするのだが、いろいろなものを読み分析したわけではないのであるが、ただその前に「ニッカシングルカスク余市10年」を何本か飲み、自分が確信したことを書かせていただいたまでなのだが、まさか、その後数年を経ずして、世界No.1として、認められたり、余市蒸留所が、SMWS認定となったりしたことは、まさにこのようなことを予想したような文となったことに驚いたのだが、大変嬉しかったできごとであった。

 他の掲載された2名の方とも共通していたことは、「本物のウイスキー」という漠然としている書き方、言い方ではあるが、ニッカさんが考えていらっしゃる、追求していらっしゃる、「ウイスキーとは、こういうものだ」というような魅力を世の中に伝えていただきたい、と言うものであった。

 ともかく、原稿が採用された喜びは、大きかった。

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by kintokijp | 2005-06-19 13:32 | ウイスキー | Trackback | Comments(0)